Wednesday, December 8, 2010

二〇一〇 師走

師走だからという理由だけではないけど、今月は追い込まれる用件が多い。

まず、仕事での〆切が多い。
今の仕事は、自分のいるEast Asiaチームだけでなく、その他諸々のPMやDIチームやDevチームだけでなく、WindowsチームやFontチーム、SystemチームやらLocalizerチームやらIconチームうんぬんその他数を上げれば果てしない数の部署と密接に関係している。

今は、そういった関連部署へ、UIとIMEビジュアルの最終コンプを提示&シェアしなければならない時期に入っているから、まさに目が回りそう&猫の手も借りたい忙しさ。しかし、忙しすぎて、終わらないという話・・・。

12時間以上毎日働いたって終わらない。デザイナー私一人では足りません〜!頑張ってるけど、終わらないものは終わらないのです。

さておき、

今年一年を振り返ると、かなり動きの激しい一年だったのかもしれない。12月8日までの記憶に残る出来事をカジュアルに羅列してみました。

1、2010年の年明けは日本、従姉妹などと戯れのほほんとする
2、1年以上ズルズルとしてしまった数年の付き合いに終止符
3、それと同時期に転職、新分野なので緊張&勉強の日々
4、Chamber Musicのコンサートへ行きだす(チェロにはまる)
5、シンタロがLAへ引越してくる、これで音楽を通じて知り合った十年来の友達のうち自分も入れ3人が米国在住になる(かなりの高確率だと思う)
6、初夏、自分を取り戻すべくサンフランへ一人旅立つ
7、自己確立や将来など漠然とした不安とプレッシャーと人生での身の振り方について再考。鬱な日々がずっと続きこれぞまさにミッドライフクライシスか、と思う
8、アコーディオンを習い始める
9、シアトルで出来た親友のKathy KimがLAへ引越(涙)
10、仕事が突如猛烈に忙しくなってくる
11、日本へ10月帰国が決まり水を得た魚のように活き活きとする
12、日本へ一時帰国、大学からの友達美里の結婚式でアコーディオン披露。お祝いとしてデザインしたウェディングボードが飾られる横にはなんとB’zの二人からお祝いのお花が!その後はまったり家族とネコと友達と憩いのひととき
13、ハッとする!
14、シアトルへ戻り腹痛に悩まされる、家族と友達はありがたい
15、「日本へ帰りたい」病

そういったところでしょうか。

結果としてみれば、非常に良いプログレスを納めた一年だったと言えると思います。今まで描いて来た、点と点がうまく繋がって来たような、そんな年でした。

それは、将来の方向性というか、今までの経験から今後の展開の可能性を具体的に連想できるだけの要素がそろってきた、という事かもしれない。

自信というのは、90%位は知識と経験が基盤になって出来るものだと思うから、まだ“自信”を持って“自信”があると言い切れない。

けれども、観察力と興味とひたむきな努力と勉強、あとはチームワークと人脈を築く人格と、ポジティブな姿勢があれば、結構受け入れられ、うまくやって行けるものだ。まあ、それを継続することが結構大変だったりするのだけど・・・。

重要なのは、一緒に働きたいと思われる人であるという事だと思います。気持ちのよい人間でありたいです、まわりのひとにとっても自分自身にも。大層なことを書いているように思うかもしれないけど、結局は自分が気持ちよくないと周りも気持ちよくないという事=思いきりやれ、ということになってしまうのです。

そういった事を、考えてみました。
まだチョット具合悪いのでこの辺にして寝ます。

写真は、2年前にパパと散歩した高田の興禅寺の境内にて。
ほんと、時が経つのは早いものです。あっという間に過ぎて行くから、大切にしなければね。

Friday, November 26, 2010

11月の大雪

11月の半ばだというのに、シアトルは大雪に見舞われたよ。
大雪と言っても、20cmくらいだけどさ。

シアトルは、そんなに雪が降るような町ではないので、除雪車や塩を撒くトラックがほとんどないので、雪が降るとすぐに市内全体の昨日がストップしてしまう。

実際、この雪で、2日間くらい、バスは止まるは、会社もお休みになるわ、店はしまるわ、というかんじ。

雪は結構好きな方で、雪化粧した町を見るのも好き。ワクワクする。

でも、そんな私も、−10℃が2日間くらい続くと、けっこう厳しいモノがあった。家に居て靴下3枚は居てパンツ2枚はいて、セーター2枚着ても寒かった。絶対にシカゴとかには住めないわ。

アリとキリギリスでは、どちらかというとアリ派な私は、雪の日の前に、大量に食材を買い込んだので、しばらくこのまま引きこもって冬眠できそうです。


雪が降った日の一日を、ビデオに収めたのでリンクを張ります。

1、雪初日の出勤風景。
いつもの景色が幻想的になる。

2、同日の帰宅風景。
この日に限り友達の意見に流され違うルートで帰ったら案の定乗り換えバスは雪で走っていなかった。30分くらい−10℃の中立ち尽くし、ルートを変更して走るバスへとりあえず乗った時の風景。

3、同日、無事に帰還後、家の側はゲレンデと化していた。
若者がベッドや、ゴミ箱や、ショッピングカートや、雪車などで滑りまくる。

Sunday, November 21, 2010

Art 'n fArt 'n such



NTG個展展示作品の一つ。彼が歩道で鳥形に鳩の餌を施したアートをペインティングにて再現したもの。本物の鳩の餌が乗っている。

土曜に思ったこと。

JetLagが今頃襲って来て、すごい時間まで寝てしまって、一日を挽回するのが大変だった。私はどんなに昼寝をしても、だいたいいつも夜にはまた寝れてしまうので、遅く起きれば起きた分だけ、何かをする時間が少なくなってしまう。だから、最近では、お昼過ぎまで寝る、ということはしないようにしている。

今回の場合は、JetLagというよりは、明け方5時過ぎまで起きていたから、仕方ないか。なんでそんな時間まで起きていたかというと、シンタロと電話していたから。

彼とはかれこれ10年来の友達、この春からL.A.に住んでいて、日本でおなじみのROUND1のアメリカ第一号店の店長さん。すごく忙しそうだけど、開店後も盛況らしく、この先楽しみです。彼がいるL.A.とシアトルは時差無いけど、彼が仕事終わるのは朝の4時、ほんと頑張ってるわ。

電話の前は、仕事から帰った後、ひと風呂浴びて、夜10時半頃から、No Touching Groundというアーティスト名で活動してるLarsって言うここ5年来の友達の個展のOpening Receptionへ出かけて来ました。

No Touching Ground's "Catch & Release" artist reception ギャラリーの様子 Part 1

No Touching Ground's "Catch & Release" artist reception ギャラリーの様子 Part 2

この個展の前に収録されたインタビュー件ストリートパフォーマンスのビデオ by Judson Felder

LarsはFine Artの学士号持っていて、高校で美術の先生もしていた教育経験もあり、技術的にも知識的にも豊かな本格的アーティスト、頻繁に個展やグループ展などの活動をしている。夜はBanksyやShepard Faireyのように夜の街に出て、グラフィティで街を楽しくしてたりもするし、毎年夏には漁師としてアラスカに2〜3ヶ月サーモンを捕りに行く自然愛好家だ。

彼と友人アーティスト達がよく行う展示は、建て壊し予定の廃墟を乗っ取り、外も中もめちゃくちゃにグラフィティをしまくり、ストリートアートハウスを作り出すという事。過去に数回見に行ったけど、それはすごい迫力。アナーキーマーチングバンドや立体モダンアートの展示、パフォーマンスアーティストなども参加して、その中で舞踏なども演ざれる。

Larsとはアーティストの友達を通して知り合ったのかな。あまりアートとは関係ない出会いだったかも。4年ちょっと前に嵐で市内が停電したときにキャンドルが沢山ある友達の家に避難していたときに居た、そんな感じかな(笑)。そうして、シアトルのArt Sceneにいる彼と彼の親友のNKO(ニコ)を始め、面白い人々と友達になった。

最近、彼ともう一人の友達Juddという写真家と、Larsの作品集(グラフィティ中心+ペインティング+室内装飾)を出版しようと、3人で企画中。Larsのアートと、Juddが撮るアートの写真とを、私がデザインしてアートブックとして仕上げる。
仕事後の仕事としては、ずいぶん大きなプロジェクトなので、1年位はかかりそうだけど、私がシアトルに住んだ記念として、日本へ帰る前にこの土地に残せるモノを作りたいという気持ちで始めます。

そんな事を語った2010年シアトルの冬。
今日は日曜日、窓の外には雪が降り出した・・・。

カルメンと一緒にパチリ。

Friday, November 19, 2010

どんぐりについて


ついこないだ日吉の家に居る時、スーツケースを置かしてもらっていたパパの部屋(以前のピアノ部屋)で、綺麗なくるみを見つけた。

パパが、これは以前友達と山登りをした時に見つけたものだと言う。ちょっと欲しかったけど、あれはパパのだから我慢した。

実家からすぐそばにある金蔵寺の裏山は、私が調布市から越してきた10歳の頃は、もっとうっそうとしていて、タヌキも歩いていたの。本堂の左に裏山への入り口があって、そこから入り上がって行くと、昔防空壕だった洞窟がある。当時怖いもの見たさでキャーキャー言いながら、妹や友達とよく遊びに行った。

山を登り切ると、そこは日吉本町を見渡すちょっとした丘の上。小さな稲荷神社かなにかがあったっけ。その辺り一面に、カシの木や松が茂り、足元に丸いのや長いのや、色々なはどんぐりや松ぼっくりが落ちていたのをよく覚えている。

最近は、どんぐりや松ぼっくりを見つけるのがなかなか大変だし、夏だって、家の裏から蝉の鳴き声がいつからかしなくなった。

今思うと、防空壕が残っているなんて、あの裏山にも歴史があるな。もっとも、裏山という言葉自体、最近ではあまり耳にしなくなってきた。同じように、空き地という言葉もそうだ。小4まで住んでいた調布市緑が丘には、裏山や空き地が当時結構あって、虫かご虫網なんかを持っていてバッタなどをつかまえに行った。レンゲソウを摘んで、髪飾りなんかも作れてしまう器用な子供だったのよ。つくしなんかも生えていて、摘んでかえってママに煮てもらった記憶もある。懐かし。

裏山も空き地も、マンションやアパートなどが建設されて、少なくなってきているよね。ドラえもんののび太やジャイアンのように、空き地に野球をしに行くなんて発想は、ドラえもんがやってきた21世紀の都会に住む子供からはなかなか出てこない。

前回帰った時に、日吉駅から日吉本町へ向かう階段の下にある、滑り台とブランコと砂場くらいしかない小さな公園で、小学生の男の子二人がサッカーボールを蹴っていた。ちょっとでも間違うとすぐに窓ガラスを割ってしまうような場所。でも、道路は車が来て危ないので、そこしかないんだろう。こんなんじゃ、神成さんからゲンコツをおとされてしまう。なんだか子供が気の毒になった。

ゲームに没頭するのもムリは無いよな。遊び場は、裏山や空き地からモニターの中に変わってしまったのかな。

私は、将来は小民家をリノベして、少し都心から離れた所に住みたい、とココ数年思い続けている。
逗子、藤沢、鎌倉、茅ヶ崎あたりがよろしいかんじ。

上の写真はシアトルのアパートにて。どんぐりとか松ぼっくりとかそういうのが好き。
下の写真は新宿駅西口思い出横町にて。次回はこういう所に飲みに行きたい。



Tuesday, November 16, 2010

日吉に思いを寄せつつ


実家でお昼にラーメンを食べた13時間後には、すでにシアトルの土を踏んでいたのだから、まだ気持ちは太平洋辺りをふわふわしたまま昨日一日過ごし、今日から既に仕事。


日本→シアトルは、わずか8時間のフライト。アコーディオンとラップトップの入ったバックパックは、見た目以上に重く、空港移動中腰が砕けるかと思った。


成田へ到着した時はぐっちゃんが、そしてシアトルの空港へも友人が迎えにきてくれたので、本当にありがたかったです。この荷物に重量制限いっぱいのスーツケース2つは、普通にリ〜ム〜。(村田氏流)


久しぶりのシアトルの家は、なんか閑散としていて寂しい感じ。

人とネコが恋しい。一日中忙しないバタバタママによって終止途切れなく続く家中騒音に慣れてしまったので、シーンとしたシアトルの家が落ち着かないのです。


仕方なくクラシック音楽をかけつつ、荷物の取り出しに励む。時差ぼけ防止で昼寝は禁物なので、しばらく片付けに励み、くだけそうになった腰をほぐすために、お風呂をわかしてみた。クラシックをBGMに入るお風呂、日本のお風呂のように深くないし追い炊きも出来ないので、普段なかなか入れないけど、昨日は入れてみました。気持ちよかった。


お風呂の後のホカホカした睡魔に教われそうな時間は、L.A.に住むシンタロウ氏と電話してみた。彼と話すと元気になるわ。さすが、ポジティブの天才。考え込む質も励まされ、私も頑張っていこうと思った。


私は割と、不安や悩みを人に打ち明けたりしない性格だ。だから、いつもお調子者って思われやすい。でも一人で結構考えているんだよ、決断だって独断が多かったけど沢山下して来た。全部が正しい決断だったとは言わないし、やってみないとわからない事は人生で沢山ある訳で、やらないでじっとしているよりは、行動してから失敗する方が、スッキリはするし充実度が高い。人前で泣くのは嫌いだったしそんな実行派経験主義をモットーに今まで生きて来たけど、最近は、人の手や猫の手も借りて相談に乗ってもいいのかもしれないと思い始めた。少しづつ角が取れて来ている。


ま、そうこうして、日本出発日の朝から昨晩まで、38時間くらい起きっぱなしだったので、夜まで昼寝無しで持つかという心配も裏腹に、夜8時を過ぎたら目が冴えてきた。仕方なくビールをあけ、土産に持ち帰ったしお餅をほおばった。


11時くらいに寝るものの、寝ついた瞬間にママから電話・・・。

時差ぼけ対策をしたところで、こんなもんだよね。


今朝は、昨日帰ってきてすぐ購入したStomptown Coffeeの豆を挽いて、いつものように、フレンチプレスで淹れたコーヒーを片手に出社。


ここに居る間は、仕事頑張るぜよ。


Wednesday, October 27, 2010

Nippon Tomorrow!

明日昼過ぎに飛行機に乗り、成田へ向けて出発します。
今朝のシアトルは冷え込み、冬晴れが綺麗。
明日の飛行機は1時半。まだ荷作りを何も始めていない。
今日も確実に残業。忘れては行けない必須持ちものリスト作ろ。
今回はいろいろ持って帰れませんので・・・。
明日の出発前の早朝に、例のTシャツデリバリーされます。無事に届けば持って帰れます。

さて、昼飯と晩飯を持参で出勤の日々とも、今日の後3週間お別れ。。。
頑張るのだEast Asia Teamよ、憲二さんがいれば何とかなる。


実家について食したいもの:(ママさんよろしく)
カキフライ
おから
美味しい粕漬け
おいしいご飯
なめこのみそ汁
黒糖焼酎

あ、あと、到着日夕食後は、みんなで銭湯行こうよ。

Thursday, October 7, 2010

Anderson Island日帰り旅行

先週末の話です。
友達であり、私のクライアントバンドでもあり、アコーディオンの先生でもあるPhilipに「お父さんが実家のガレージ(実際行ったらうちの実家より大きいガレージでした・・・)の屋根を張るの手伝いにこない?」と言われたので、「私にそんなトビ職人のような仕事ができると思うのか!?」とお断りしたのですが、前日に「手伝わなくっていいから、椅子に座って仕事しててもいいから絶対楽しいから、どうしても〜」と言われ、「それならば・・・」と、土曜日に、日帰り送り迎え付きで、Puget Sound浮かぶAnderson Islandへ日帰り旅行してきました。

PhilipとCassandraと3人で朝出発。1時間ちょっとして、フェリーポートのあるタコマの南にある小さな町Steilacoomへ到着。1時間半に1本しかないフェリーを目の前で逃したので、時間を潰すために、可愛いBreakfastのレストランへ寄る事に決定。みんなお腹がすいてたから丁度良かった。アメリカっぽい、自家製コーンビーフ(細かくなっていない肉をコロコロ角切りにしたもの)とハッシュブラウンと目玉焼きをサワードーのトーストと一緒に頂いた。アメリカ人は、週末とか、友達同士や家族でBreakfastする習慣があるけど、日本でもみんなしてるのかなもしかして。渡しはした事無かったけどさ。でも、こういうのも旅の醍醐味ですね。


アコーディオンと、絵の道具を持って、フェリーに乗る前に景気付けで、波止場前のパブで3人そろって、Jamesonのショットをして、気分は上々。秋晴れの日のフェリーって本当に気持ちいい。

10月のシアトルで半袖で風を受けながら、アコーディオンの音をBGMに、一同島へ到着。Anderson Islandの面積は、たったの20.06 km²。人口も約1,000人で、1960年以来定年後の移住地として人気の場所だそう。深い自然と市街からほんの1時間というアクセスの良さから、毎年夏になると島の人口は4倍以上になります。

20分ほどで到着した島では、Philipのお父さんTimがほんとにClassicなSAABで迎えに来てくれていた。
走り出した車は、すぐに深い森のなかの道へ。なんか、トトロの始めの部分で、お父さんが引越の車を五月とめいを乗せて運転してるシーンを思い出した。道中では、なぜ家族がこの島へ住む事になったのかの経緯を聴かせていただきました。(長いから省略しますけど)

島に来て思う事。少ない人口もあってか、昔の村のような人間関係。助け合い、分かち合い、近所が家族のような感覚。家族ぐるみでの、近しい付き合い。現代の社会の人間が、取り戻さなければならない感覚がそこにはある感じ。Philipの実家へ行く前に、彼のバンドのメンバーのJacobとSam兄弟の実家へ立ち寄りました(家族バンド?)。りんご畑で囲まれた家のドライブウェイに車で入って行くと、Jacobが犬とともに地面をゴロゴロと転がっていて、Samは家の回りに茂るハックルベリーの木の周りでベリーを頬張っりながらのお出迎え。彼らは、両親がリンゴをしぼってジュースにする作業を手伝いに帰って来ていたのです。リンゴ絞り作業を拝見して、自家農園で育ったリンゴの絞り立てジュース頂きました。言うまでもなく、美味しかった。いいな〜こういうの。しかし、9人兄弟ってすごいな・・・。



そしてKobernik宅到着。まさに森の中に開けた平地に建つ大草原の小さな(実際家はメチャクチャ大きい)家状態。
驚くべき事に、家も建設途中の家と同じくらいの大きさのガレージも、全部自分で建てたそう。
他にも自分で家建ててる家族たくさん知ってるけど、なんでアメリカのお父さんて、家の建て方知ってるんだろうか。
家の中には、サンルームがあって、これも自家製のピザオーブンが、ドーンと構えていました。夕食はもちろん自家製ピザ。昔ネイビーで20年間世界中を回っていたご両親が、世界各地で得た知識と各国の伝統を、自宅で再現している感じの素敵な家。

少し屋根工事の手伝いをして、その後私は、働く男どもを目の前に、特訓中のアコーディオンの練習と、仕事の絵をかいてました。しばらくすると、弟の友達が来て、その後島の消防署でバイトする弟が消防士のユニフォームで帰宅。決まってる〜。そして、屋根の上のPhilipと地上の弟軍団で、フリスビーが始まる。あ、、、危ない〜!!!なんて思ってるのは私だけで、ご両親は至って気にしてない様子。


お母さんは、その間、お夕食のピザの準備。自家製農園から採りたてトマトのソースや野菜をピザに。
夕方になると、近所の子や弟の友達など、わんさか集まって来て、サンルームでピザパーティが始まる。なんかのどかだなぁ。その後もあとからお友達家族が訪れて来て、リンゴ絞りをしていたAnderson家兄弟のJacobとSamと、それを手伝っていたCassandraも加わって、サンルームは溢れんばかりの人。それぞれ思うままに次々にピザドーを広げて作って行く。驚くのが、この炭のピザオーブンでは、ピザを焼くのに2分もかからない。イタリア仕様の薄いピザだからか、それとも炭の火力か。何枚作っただろう、きっと50枚くらいは作ったんじゃないかな。



仕事を終えたお父さんは、シャワーの後に、私がデザインした息子バンドHey MarseillesのTシャツを来て登場。

お夕食の後は、9時半からシアトル市内のBallard地区にあるTractorというバーで、Sallie Ford & Sound Outsideというポートランドのフォークバンドを見るため、いそいそと退散。帰りのフェリーはJacobとSamも一緒。Samがコントラバスを持って来たので、船ではアコーディオンとコントラバスの演奏会にJacobのボーカル。ちょっとしたジャズコンサートで、旅人の耳を楽しませるのでした。

Sallie Ford & Sound Outsideでは、以前職場で一緒だった人のバンドFog Hornsがオープニングアクトだったので、友達がたくさん居たな。秋の夜長、風流な一日を過ごした後は、ぐっすりと眠れました。仕事が捗ったかどうかはともかく・・・・・・。

Tuesday, October 5, 2010

珈琲


あと三週間で待ちに待った一時帰国!それに向けて、片付けておく必要がある件が増えてるのに、最近肩こりのせいか、毎日眠くて眠くて・・・。
今回の帰国では、大学時代からの友人の結婚式もあり、それに向けて、引き受けたウェディングボードの作成に勤しんでいます。思ったより時間かかりそう、ペースあげて行かねば。
最近アコーディオン始めたんだけど、調子に乗ってつい、披露宴の余興で演奏するなんて事にしてしまった。
はっきり言って、猛練習しないと、形にならない!なにせ一ヶ月半前にはじめたばかりの初心者なので・・・。こんなんじゃ、自分の出番が終わるまで、お酒飲まないように気をつけねば。
そんなこんなで、スケッチブック持って、お気に入りのコーヒーショップで、一息ついた日曜の午後。コーヒーショップ、実はコーヒーショップ二件ハシゴしてしまった。
こちらのコーヒーショップは、静かで、勉強や仕事してる人が多いので、こちらの作業も捗ります。

Monday, September 6, 2010

Accordion

いかん。ほったらかしにしていたら夏が終わってしまった。

今夏の収穫は、お腹周りにしっかりついてきました。
まさに豊作・・・、いや、いかんだろこれは!!!(焦)

ということで、先週月曜日はLabor Dayで祝日だったので、友達のKathyと2人でジョギング&テニスを近くの湖のほとりまで行ってしてきました。軽く5キロくらい走って、テニス。
やっぱり、体動かすと気持ちがいい!

その後はベトナムヌードルのフォーを食べて、宇和島屋で食材買って、4時半頃帰宅。

そして清々しくスタートした一週間はあっとゆーまに過ぎ、週末金曜日にはこの職場になってから初めて、イーストアジアUI/UXチームで、同僚の韓国人のヒーサンのお家へディナー懇親会を行いました。本場の韓国焼き肉、美味しゅうございました。

これが今のイーストアジアチーム(+ヒーサンの旦那様右後)。
若いなぁみんな。


そして、昨日と今日は、ダウンタウンのアーティストロフトへお住まいのKaufman氏のスタジオへお邪魔して、前々より購入しようと思っていた念願のアコーディオンをついに購入!!!
興奮!!!!!

Kaufman氏は、自らもアコーディオニストであり、その他諸々の管楽器演奏者でもあり、修理職人でもあります。シアトルでは、アコーディオンの巨匠的存在。
紹介してくれたAubryに感謝。

先月より毎週レッスンも受けていて、着々と上達中。そのうち、東ヨーロッパっぽい音楽や、映画アメリの音楽を弾けるように、日々練習に励むのであります。

先生は、ここ数年間、私がアートディレクションを続けているHey MarseillesというフォークバンドのPhilip。中の良い友達だから気軽だし、レッスンをうちまでデリバーしてくれるのが、忙しい私には続けられるコツ、かな。

アコーディオンは、どこかこう、哀愁ただよう音色なのが好きで、ボヘミアンな世界へ導いてくれます。私のアコーディオンは、1950年代のもの。新しいアコーディオンは、パーツがプラスチックなどになっていて、古いアコーディオンに比べると、音色に違いがあります。
いつまでも長く使えるのも、何人もの演奏者の手をわたって、私のずっと生まれる前から世界を旅して来たこのアコーディオン、大切に使っていこう。

そのうち、日本にもアコーディオン持って帰って演奏しますねー!